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多様な手に守られて-母の残存機能を信じ続けた祈り

neru

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2026.10.26

母の介護が始まった頃から、私が何より大切に心へ刻んでいたことがありました。
それは「予防医療」を徹底することです。

母の身体はもちろんのこと、共に暮らす私自身の健康管理も欠かせませんでした。
我が家では父が倒れた頃から母には認知症の症状が現れ始めており、「私が倒れて共倒れになるわけにはいかない」という強い思いがあったからです。
毎年のインフルエンザ予防接種はもちろん、3ヶ月に一度の歯科クリーニング、毎日の検温。37度を超えたら症状がなくとも受診し、少しでも咳や喉の違和感を覚えればすぐに病院へ足を運びました。重症化してからでは、母の辛さも快復までの時間も何倍にもなってしまうからです。

その姿勢は、施設介護へ移行してからも変わることはありませんでした。
幸いグループホームでは月2回の訪問診療があり安心でしたが、それに加えて週1回の訪問歯科と週2回の訪問マッサージも任意でお願いしました。それは単なる医療やケアにとどまらず、「少しでも多くの方に母と関わってほしい」という願いがあったからです。
多様な温かい手に触れ、言葉を交わすことで、母の心が少しでも活気づき、残された機能が維持できるようにと祈るような気持ちでした。

耳垢が固くなっていると聞けば耳鼻科へ、痔の症状が出れば肛門科へ、足の爪の肥厚が見られれば皮膚科へ。
かつて母の腰部脊柱管狭窄症の診断がつくまで数々の病院を巡った時のように、私は曖昧な記憶ではなく、確かな記録として母の身体に向き合い続けました。

しかし介護の日々の中には、残酷にもそれまでのルーティンに終止符が打たれる瞬間が訪れます。
少しずつ食事を飲み込むことが難しくなると、それまで飲んでいた錠剤も口にできなくなっていきます。
認知症の進行を遅らせる薬も、骨を強くする薬も喉を通らなくなり、骨密度を測るレントゲン台に上がることすら難しくなっていく……。
母のためにしてあげられることが、ひとつ、またひとつと手からこぼれ落ちていく現実に、強い不安と切なさが押し寄せました。そんな私に、ホームのケアマネジャーさんやホーム長さんは優しく寄り添い、温かく見守ってくださいました。

看取りの時期に入ると、自己負担もある訪問歯科やマッサージの継続についてご相談をいただくこともありました。
それでもなお私は、「食べることも、立ち上がることも難しくなったからこそ、口の中がきれいな心地よさや、人の手にやさしく触れられる安心感を届けたい」と思い、迷わずお願いを続けました。
結果として、母が旅立つ二日前までそのケアを続けることができ、最期の訪問の際には先生方に直接感謝をお伝えすることができました。

在宅介護から施設介護へ――決して平坦な道のりではありませんでしたが、私は自分が信じた通りの介護をやり切ることができたと感じています。

母は一度も入院することなく、褥瘡ひとつ作ることなく、旅立った時の姿は驚くほど真っすぐでした。
そして収骨の際、火葬場の方から「お骨がとてもしっかりされていますね」とお声がけいただいたことは、母の健康を守り抜いた私にとって、生涯の誇りです。