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車椅子が教えてくれたこと ― 施設への感謝と、広がる優しさの連鎖

neru

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2026.08.02

グループホームに入居して5ヶ月が過ぎた頃。
母の「腰部脊柱管狭窄症」の診断がつくまでの間、私は何度か施設の車椅子を借り、いくつかの病院への検査に付き添いました。

その時、私が初めて直面したのが「車椅子で母を動かす」ということの難しさでした。
初めて握る車椅子のハンドルは、想像以上に手に力が入るほど怖かったのを覚えています。
ホームの介護士さんに操作方法や細かな注意点を教えていただき、車椅子ごと乗れるUD(ユニバーサルデザイン)タクシーを手配して病院へと向かいました。
車両の少なさから予約に苦労したり、診療終了時間が読めないため復路は病院の待合室から焦る思いで配車を頼んだりと、移動ひとつ取っても今まで知らなかった大変さの連続でした。

しかし、その緊張感に包まれた日々の中に、今も胸を温かくする忘れられない光景があります。
整形外科の待合室で、車椅子の母のすぐ隣に付き添うためには、どうしても待合椅子の「端の席」が必要でした。
母の方が少し高い位置になりますが、私がすぐ隣に腰を下ろすと、母は私を見つめ、ほっとしたように全身の力を抜いて安心した表情を見せるのです。

そして、その端の席を当たり前のように「どうぞ」と譲ってくださる見知らぬ方々がいました。
その優しさに触れたとき、緊張で強ばっていた胸の奥がじんわりと解けていくのを感じました。
あの時の感謝があるからこそ、今の私は街や病院で車椅子の介添えの方を見かけると、自然と席を譲るようになっています。
見知らぬ誰かから受け取った温かさが、私の中で巡り、誰かへと繋がっていく――そんな優しさのリレーを、母が教えてくれました。

車椅子での生活は、移動の往復だけでなく、食事やトイレの介助など、日常のあらゆる場面で多くの手と心を必要とします。
それでも、その大変さの中から新たな気づきを得て、「自分自身が少し成長できた」と素直に思えたのは、何よりグループホームという心強い存在があったからです。
もしもあの出来事が、かつての在宅介護の渦中であったなら、私はきっと心の余裕を失い、受け止めきれずに倒れていたことでしょう。

プロの手に支えられているからこそ、母の変化を前向きに受け止め、人の温もりに感謝し、自分自身も優しくなれる余裕が生まれたのだと思います。
初めて車椅子を押したあの日の緊張感と、待合室で母と交わした温かな視線。
それは、介護という長い道のりの中で、私が人として一つ成長できたことを実感させてくれる、かけがえのない記憶です。