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ケアラー体験記
専門職との付き合い方
再び歩き出すための翼 ― 施設と家族で紡いだ5年5ヶ月の絆
neru
2026.06.27
母に「腰部脊柱管狭窄症」の診断が出てからの日々は、まさにホームと家族が一体となった「プロジェクト」そのものでした。
私は、在宅介護の時とは違う、プロフェッショナルな視点を持つチームの一員として、医師の助言を一つひとつ丁寧に実行していきました。
骨を強くする薬の服用、牛乳の補給、腰を冷やさない工夫。それらは決して誰か任せにはできない、私の大切な役割でした。
「車椅子に頼らない」という目標を掲げながらも、あえて母専用の車椅子を購入したのも、私の強い意志によるものでした。
それは施設任せにせず、私自身が責任を持って母の行動範囲を広げ、面会の時間を「リハビリ」という名の特別なひと時に変えるための投資だったのです。
週に1度の面会。車椅子で近くの公園へ行き、手引きで50歩、100歩と歩く練習を繰り返しました。
当初は「もう歩行は難しいかもしれない」と言われていた母が、諦めずに練習を続けた結果、わずか2ヶ月後には自分の足で歩けるようになったのです。
その時の母の笑顔と、しっかりとした足取りは、今も私の記憶に鮮明に刻まれています。
ホームのメニューに足りない栄養を補うための牛乳パックの差し入れも、ホームの方々の献身的な手引き歩行も、すべては「母のために今、何をすべきか」という共通の目標に向かって共に歩むための絆でした。
その後、母の状態に気づき、共に改善へ向かって歩み始めてから、母を看取るまでの5年5か月。
その道のりは、施設という場所を借りながらも、常に私が「娘」としての役割を全うし、母と直接手を取り合って生きた時間でした。
あの時、後ろめたさを抱えながらも客観的に母の状態と向き合い、納得いくまで医療の力を求めたこと。
その選択が間違っていなかったと、今改めて確信しています。
離れていても心は誰よりも近くに。
施設と二人三脚で挑んだあのプロジェクトは、私の人生において誇らしい、かけがえのない宝物となりました。
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