ログイン
マイストーリー
ケアラー体験記
ミーティング議事録
チームケアコン
ブログ
イベントカレンダー
公式ショップ
最新情報
toggle navigation
ログイン
マイストーリー
ケアラー体験記
ミーティング議事録
チームケアコン
ブログ
イベントカレンダー
公式ショップ
最新情報
利用規約
プライバシーポリシー
特定商取引法に基づく表記
ケアラー体験記
介護サービス・制度活用法
帰宅困難な夜中のお散歩対策
Coco
2026.05.14
母が要介護3から4くらいだった頃。
当時の私は、まだ「認知症が進行している」とは思っていなかった。
でも、生活の中には少しずつ“変化”が出ていた。
母は、ざるとボウルを重ねたキッチン用品を、近所の玄関先やゴミ置き場に置いてくるようになった。
私は会社帰りに、それを回収して歩いていた。
次は、ゴミの日ではない日にゴミを出すようになった。
仕事帰りにゴミ置き場へ寄って、我が家のものらしき袋を探して持ち帰る。
そんなことが、毎日のようになっていった。
さらに進むと、いわゆる「徘徊」と呼ばれる行動が始まった。
でも私は、その言葉があまり好きではない。
だから「帰宅困難なお散歩」と呼んでいる。
これが、仕事と介護の両立に大きなダメージを与えた。
ある夜、警察が家に来た。
そのとき初めて、母が夜中に一人で外出していることを知った。
本当にびっくりしたし、怖かった。
そこから、夜の外出対策が始まった。
まず、玄関に鈴をつけた。
でも、私は起きなかった。
次に、ロール式のベビーサークルを設置した。
夜は鍵を閉め、その前にサークルを置いて、脱出しにくい状態を作った。
でも、母は突破した。
友人の中には、玄関前で座椅子に座って2年間寝ていた人もいた。
でも、自分の健康を壊すやり方はしたくなかった。
最終的に、玄関前のドアに内鍵をつけて、玄関へ行けないようにした。
閉じ込めるような形になり、「これは虐待になるのでは」と悩んだ。
でも、その内鍵の中には私もいる。
自分なりに考えて、そう判断した。
ある夜は、母と一緒に外へ出たこともあった。
玄関が開かないと分かると、窓を開けようとするほど、とにかく外へ出たかったのだと思う。
母の目は、ものすごく怒っていた。
だから、一度気が済むまで外へ行こうと思った。
母は夜道をすごい勢いで歩いていく。
少しふらつきもあって、転倒が怖かった。
そんなイタチごっこを続けているうちに、
「帰宅困難なお散歩」は、少しずつなくなっていった。
あれでよかったのか、今でも分からない。
ただ、今思うのは一つだけだ。
私も母も、命があってよかった。
命があるから、こうして話すことができる。
もし命がなかったら、この話をすることもできなかった。
よく頑張った、とはあまり思わない。
むしろ、そこまでする必要があったのか、という疑問の方が残っている。
あの頃は、本当にぎりぎりだった。
一覧に戻る
ログインはこちらから