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重度の認知症の母は「わかってる」

Coco

2026.01.31

母は重度の認知症です。
認知症のある方との同居生活は、初期から中期にかけてが本当に壮絶でした。
私も母も、ある意味では命懸けの生活だったと思います。

昼も夜も区別がつかず、
感情の爆発、混乱、拒否、徘徊、不安。
こちらの余裕が削られ、母の世界も壊れていくような時期でした。
あの頃を思い出すと、今でも胸がざわつきます。

けれど、その「壮絶期」を超えた今、
私は少し違う景色を見ています。

母は寝たきりではありませんが、
自由に動ける状態ではありません。
一見すると、できることは減り、制限ばかりが増えたように見えます。
でも、実際の生活は、あの頃よりずっと楽になりました。

手間が減った、というのもあります。
予定が読める。
突発的な混乱が少ない。
こちらが構えすぎなくていい。

そして、もう一つ大きな気づきがあります。

認知症=「わからなくなる」ではない
ということです。

確かに、スムーズな会話はできません。
言葉が噛み合わないことも多いです。
でも、母は見ています。
聞いています。
触れています。
口にしているものを、ちゃんと感じています。

それが「言葉としての表現回路」につながっていないだけなのだと、
今ははっきり分かります。

例えとしてはあまり良くないかもしれませんが、
犬や猫との暮らしを思い浮かべると近い感覚です。
彼らと言葉で会話はできなくても、
こちらの存在は伝わり、感情は行き交います。

それと、とてもよく似ています。

だから今、
重度の認知症の母との生活は、
楽しい と感じることがあります。

もちろん、現実は甘くありません。
完全な身体介助が必要で、
私自身も確実に疲れます。

だから私は、
3〜5日おきに短期宿泊(ショートステイ)を利用しています。
それは逃げではなく、
一緒に暮らし続けるための「インターバル」だと思っています。

壮絶な時期を超えたからこそ見える世界があります。
認知症は、失われることばかりではありません。
形が変わった関係性の中に、
新しい静けさや、別の楽しさが生まれることもある。

私は今、
そんな時間の中にいます。